2016/04/27

「明日の燈を」ニュー・レコーディングのご報告

私にとって曰く付きのオリジナル曲が、「明日の燈を」です。1998年に作詞・作曲して以来、翌年に完成→ノイズが多く失敗。2010年に再録→これも失敗。そして4年前の2012年にも再録、という経緯ですが、実はこの2012年のヴァージョンもひどい出来。
むしろ過去の再録の中で最もひどい出来だったのではないかというのが、2012年ヴァージョンです。少なくとも私自身はそう認識しています。

1999年オリジナル・ヴァージョンについては、ホームページのコラム「『明日の燈を』について」で触れています。まずはそちらを読んでいただければと思います。そのうえで話を先に進めますと、そうした流れで再チャレンジしたはずの2012年ヴァージョンだったのに、出来が悪い…。結果的にはあまりにもオリジナルとかけ離れてしまった、という印象があり、非常に粗野な作りになっています。

この4年間、どこかでやり直したいなと思っていました。なかなかそのタイミングがやって来なかったのですが、今回、つまり2016年、もう一度「明日の燈を」をやり直すことにしたのです。

*

Cubase Pro 8で「明日の燈を」を手直し
まず、手始めとして、元々の1999年オリジナル・ヴァージョンの時のMIDIデータのファイルをもとに、YAMAHA QY-70の音色にほぼ近いQY-700で鳴らしてみました。もちろんQY-70とQY-700は同じYAMAHAのシーケンサーで兄弟のようなものですから、全体の印象はオリジナルに限りなく近いです。これでいけると一瞬思ったのですが、ただ、サウンドの質感が今一つ、ピンとこない。
それはYAMAHAのAWM2音源に由来する独特なサウンドにあり、複数のパートを同時演奏しても周波数特性的にあまりぶつからず、特にEQ処理しなくても全体が聴けてしまえる利点があるにせよ、言い換えれば不気味なほど中庸すぎるのです。
この中庸すぎるサウンドは、ちょっと面白みに欠け、これをやたらめっぽうEQでいじるくらいなら、他の音源を使った方がいい、という結論に至りました。

MIDIデータのファイルをCubase Pro 8で開いたところから制作がスタートしました。大まかなテンポの修整、各パートのオクターブの修整、ドラムキットのノートの修正。そうしてできるだけオリジナルに近い音色をそれぞれのパートに当てはめていき、さらに各パートのノートの加筆修整を行いました。その後、チェレスタなど新たなパートを追加。Cubase上で仮のパンニング及びレベルのミキシングをおこない、オリジナルのイメージを崩さず、かつ新しい形のサウンドを構成。

と、現時点ではここまで進行。
何故、「明日の燈を」という曲に自分がこれだけこだわり、しつこく追いかけているのか。それについてじっくり考えてみたのですが、どうもそれは、ある程度納得のいく形で曲を完成させるしか、答えが出ないように思うのです。自分がこの曲で何を表現したかったのか。それを発見していく作業となりそうです。

2016/04/14

アルバムのリリース時期見合わせのお知らせ

アルバム『舞踏へ、バニー』のリリース時期をこれまで「2016年夏」と予定していましたが、諸事情により、当面リリース時期を白紙、見合わせることにしました。申し訳ございません。

いったい何が起こったのかと言いますと…なるべく簡潔に説明したいと思います。

話は3月中旬に戻るのですが、3月中旬、自宅スタジオのメインPC内で使用しているPro Toolsで、一部のAAXプラグインが読み込めないことに気づきました。この時点で複数の原因が考えられました。
第一に、読み込めないプラグインのライセンス認証アプリの不具合。第二にプラグインのアプリ自体の不具合。第三にPro Toolsの不具合。
これらを解決するにあたって、まずネットワークの設定をチェックし、ライセンス認証に影響を与えていないかを確認して、余計なネットワークが介在しないよう設定し直しました。その後、各アプリの削除、再インストールをおこないました。ここまでで数日を要しました。
そうしてPro Toolsを起動させたところ、それでもまったく改善できず、一部のAAXプラグインが読み込めない状態のままでした(私はこの時、ある単純なことに気づいていませんでした)。

こうしたトラブルを経験した方なら分かると思いますが、Pro Toolsでプラグインが読み込めないというのは、ミキシング等がまったくできなくなることを意味します。それも主要なプラグインなら尚更です。この緊急事態に私は正直、胃が痛くなりました。

さてこの事態を何とか打破すべく、もう1台のサブPCを使って、ネット検索で情報を掻き集めました。そうしたところ、今度はサブPCの挙動までがおかしいことに気づきました。スタートアップのアプリが起動されないというエラー。
この時私は、たいへんなミスをしでかしました。一部のアプリを削除してしまったのです。そうすると今度はWindows 10がまともに起動できず、セーフモードでしか起動できなくなり、Windowsの復元を試したところ、これがかえって良くなかったらしく、ブラックアウト。その後数日かけてOSの修復を試みたのですが、結局、ハードディスクが完全に読み込めなくなってしまいました。

メインPCでのプラグインの不具合。
サブPCの完全なる消滅。

こうして結局、サブPCの買い換え→膨大なアプリのインストール作業→バックアップファイルの移行に時間を費やされ、今月に入ってようやく元の制作体制に戻ることができ、再びメインPCでの、プラグイン問題の修復作業に取り掛かることができました。

プラグインの問題は実は単純なことが原因でした。プラグインのスタンドアローンを立ち上げたところ、Windowsのある2つのディレクトリが破損していることが分かりました。
そうなると解決方法は簡単で、Microsoftサイトからそれらのディレクトリをダウンロードし、インストール。OSを再起動。これにより、スタンドアローンはもちろんのこと、Pro ToolsでもAAXプラグインを正常に読み込むことができました。

そもそもの遠因としては、Windows 10へのアップグレードの問題やアップデートによる様々な不具合の発生、ということがユーザーを不穏にさせ、それを解消しようと自前で設定をいじくる、というところからかえってトラブルを増幅させてしまう面があるように思われます。OSとしても改善の余地があります。
ただし私の場合、それとは別に、アルバム制作という長いスタンスで制作を抱えていると、どうしてもメンテナンスその他が疎かになっていた、という反省すべき点があったと思います。しかし今回、重要なファイルのバックアップを逐一取っていた点で、かなり救われました。日頃のバップアップの習慣がとても重要であると、あらためて感じました。いつPCが駄目になるか分からないのですから。

話が長くなって恐縮です。
サブPCが駄目になって制作に関わる一部のファイルが消失し、またこの数週間にわたる時間的ロスのため、どうしてもアルバムの完成が夏までに間に合わなくなってしまいました。申し訳ありません。完成時期は今のところ、「未定」です。
しかしこのままアルバム制作は継続しますので、『舞踏へ、バニー』は必ず完成させたいと思います。なかなかご期待に添うことができず、たいへん心苦しいのですが、どうかこれからも応援、そしてスタッフの皆様のご協力よろしくお願いします。

2016/03/10

マラゲーニャの魔法

Cubaseで打ち込んだマラゲーニャの和声進行
オリジナル・アルバム『舞踏へ、バニー』の制作。

数年前、平凡社の『世界大百科事典』を眺めていて偶然、スペインのマラガ地方に伝わるマラゲーニャ(Malagueña)という民謡・舞踊を知りました。そこにマラゲーニャの和声進行が記されてあったのです。

スペインと言えば私にとってシェリー酒!の一言に尽きてしまうくらい貧弱な知識しかありませんが、もちろん闘牛が世界的に有名です。それとは別に、2005年の名古屋での「愛・地球博」を訪れた際、スペイン館のパビリオンの、「セロシア」という陶器でできた六角形の格子窓の建築には驚かされました(ブログ[Utaro Notes]「愛・地球博―スペイン館とフランス館」参照)。

スペイン民謡と聞いて思い出すのが、ジョン・フォード監督の映画『駅馬車』(1939年)に出てくるヤキマという女性が歌うスペイン語の歌。エディット・ピアフのように小刻みに震えるブレスが印象的で、子供の頃、このヤキマが歌う民謡を真似して覚えたものです(ブログ[Utaro Notes]「STAGE COACH」参照)。

そうした個人的なスペインの思い入れを音楽的に表そうと、あるいはアルバムのコンセプトである《舞踏》に、ある種そうした民謡的な要素を加えてみようという意図で、先述したマラゲーニャの和声進行を借用してみようと思ったのです。

Pianoteq 5でタンク・ドラムを使用
曲のタイトルは「Málaga」としました。2分の3拍子、1分20秒ほどの小品です。
Cubaseによって打ち込まれたこの「Málaga」では、アコースティック・ギターの音色でマラゲーニャを弾き、ユニゾンでタンク・ドラムが付き添います。聴けば、いかにもスペイン民謡風なのですが、和声進行としては実に単純で、E→Am→G→F→Eの反復となり、これだけでスペイン民謡風になるとは、まるで魔法のようです。
これにアフリカ民族楽器のリズムを構成し、不穏なるシンセの音で雰囲気をやや暗めのトーンにして、《舞踏》のパフォーマンスに合うようにしました。しかもこれにささやかなるヴォーカルを加えるつもりです。

今回のアルバムにおける、“舞踏のための――”というコンセプトの大前提が、普段ではほとんど思いつかないような作風を引き出し、世界を大旅行する気分で曲作りを楽しんでいます。アルバムとしてはかなり面白い、トピックの多いダンスフルな内容になりそうです。

※追記 メロディを追加した時点で、それに合わせるかたちで調性を変更しました。

2016/03/03

OP-1を使ったサウンド・インスタレーション完結

OP-1を使ったサウンド・インスタレーション第9弾「Ryu」をアップしています。この曲をもちまして、約1年間続けてきた当企画を終了することにしました。これまでのご愛顧ありがとうございます。

「Ryu」もこれまでのルールに則って、音源はOP-1しか使っていません。OP-1のテープ機能で基本となるリズムやパーカッション的なオカズの音、ギター系やパッド系の音がレイヤーされ、Pro Toolsでの録りの段階では、さらにベース音となる音色が追加され、全体としてパワー感のあるリズムになっています。

ベース音をディレイでワイドに広げる
追加されたベース音にはディレイをかましてワイドに広げ、力強いリズムのうねりにベースの存在感が負けないようにしました。また、レイヤー化されたこのリズム隊には、Softube TSAR-1 Reverbの“Vintage Ambience LRG”というリフレクション効果に近いリバーブ・プリセットをわずかに付加しています。

マスター・トラックにおけるプラグイン処理もこれまでとほぼ同様で、EMI TG12345→J37 Tapeという流れになっています。これがここでの統一されたサウンドです。

リズム隊に対する隠し味的リバーブ
ちょうど1年前、OP-1のみを使って、ラジオのジングルのようなものが出来るのではないかと企画を立ち上げ、不定期に作品を作り続けて1年が経過(当ブログ「OP-1を使ったインスタレーション」参照)。結果的に9つの曲を提示することができたことで、一応の完結をみた、と考えています。

気持ちとしては当初、Yosi Horikawaさんの手掛けたJ-WAVEの『Gratitude』のテーマ曲を超えようという意気込みがありましたが、本来ジングルであろうとなかろうと、準備を重ねて丁寧に作り込まなければならないものをたったOP-1だけで、ほとんど即興に近い形で作っていったというのは、果たしていかがなものかという反省点は多々あります。しかし、一方で十分にOP-1はそのモチベーションを最大限に発揮してくれたとも思っています。

何かアイデアに困ったら、OP-1をいじって風変わりなサウンドで風穴を開けよう、と思えるような頼りがいのあるシンセが、私にとってのOP-1です。この企画によって生まれた9つの曲を、今後もぜひ聴き続けて下さい。

2016/02/16

「はにかむバルテュス」のリレコに向けて

Cubaseでドラム・パートの修正
オリジナル・アルバム『舞踏へ、バニー』の制作。

先週、2014年に制作した「はにかむバルテュス」のリプロダクトを開始しました。この曲はホームページ[Dodidn*]の「宅録しませう」でミキシング・レッスンのために作った120秒の曲で、そのコーナーではそれぞれのパートの処理の仕方やミキシングの仕方について解説しています。
この「はにかむバルテュス」をアルバムに収録することが決まったので、一部修正してリレコ、リミックスすることになったのです。ところが…。

当時のCubaseのプロジェクト・ファイルを開いて、てっきりすべてのパートがプログラミングされていると思いきや、バスドラの音が足りないことに気づきました。あの曲のバスドラは、2つの音色を足して同時に鳴らしていたのですが、どうやら片方の音色は、Pro Toolsで後付けにレコーディングされた音色だったようです。
尤も、そのバスドラのずれを修正するためのリプロダクトなので、あらためてCubaseでそのバスドラの音色を加え、ドラム・パートを整えました。

ここで私は、この曲を120秒よりもう少し伸ばすことにし、14小節増やして、2分30秒弱に伸張することにしました(メロトロンのギター系のメロディ・ソロやヴォーコーダーによる装飾が加わる)。
この作業により、当初の部分的なリレコからリミックスへというプランが消え、全面的なリレコということになったのです。

Pro Toolsで録られたオーディオ・クリップ
さて、そのPro Tools上でのレコーディングでは、ソフトウェア音源で鳴らした各パートはインターフェースの出力からアナログ・ミキサーMackie 1604-VLZ3を経由して戻し、オーディオ・クリップとして録られました。アナログ回路を介することで程よくピーク成分がふるい落とされ、適度な旨みが加わります。コンプをかけ録りすることでさらにその音色のディテールが研磨され、ミキシングしやすくなります。結果、この段階で既にオリジナルのヴァージョンよりも、全体が柔らかい感じのサウンドになっています。

後日、これにヴォーカルをダビングし、ミキシング作業に入ります。お楽しみに。

2016/02/02

アルバム『舞踏へ、バニー』の取り組み〈2〉

「舞踏のための音楽プロジェクト」そのオリジナル・アルバム『舞踏へ、バニー』についての解説。続き。

前回、《仮想演劇》について書きました。今回のアルバムでは、まず《仮想演劇》としての舞踏(Butoh)を空間的にイメージし、それに音楽を付けていく、音楽を構想していく、ということを試みています。
しかし当初は、この舞踏というものが漠然とし過ぎていて、なかなかイメージすることができませんでした。かつて観たことのあるダンスの記憶をもとに、舞踏に関する資料を集め、ようやく朧気にイメージが湧いてきたのは昨年のことです。

その一つの大きなきっかけは、新聞の文芸欄の記事で『Rude World』という現代舞踏のニューヨーク公演が紹介され、身体パフォーマンスの自由さを知り、そういった身体パフォーマンスのカテゴリーを調べているうちに、Sasha Waltzというベルリンの女性アーティスト及びその集団のパフォーマンスに出会うことができました。これが私のイメージする舞踏にとても近いと思ったのです。

そして最終的には、《仮想演劇》=舞踏のモチーフを「人」「街」「踊り」に絞り、東京やパリ、ロンドン、モロッコの風景や物、人々、その喜怒哀楽などをモチーフにした舞踏をイメージ。ダンス・ミュージックのようなものから幾何学的な即興音楽、シンプルなラヴ・ソングまでを盛り込んだ、文字通り舞踏のための音楽アルバムを作る、ということになったわけです。

サウンド面では、もちろんできうる限り高音質のサウンドを作り出したいと考えていますが、実験的な試みもしてみるつもりです。日本の下駄を使ったリズム、タイプライター、ヴォーカルにおける面白い効果など。いろいろな音がアルバムの中に鏤められていくことでしょう。

2016/01/28

アルバム『舞踏へ、バニー』の取り組み〈1〉

長らく報告を怠っていました「舞踏のための音楽プロジェクト」そのオリジナル・アルバム『舞踏へ、バニー』について解説したいと思います。

プロジェクトは昨年4月より始動し、このブログで最初にお伝えしたのはその5月(当ブログ「舞踏のための音楽プロジェクト」参照)。その間に自己批判ショーさんの20周年記念水戸公演(2016年1月)で使用された楽曲のアレンジメント制作とか、同メンバー川辺健さんの曲「これぞ運命」のアレンジメント、そしてDodidn*の企画もの「OP-1を使ったサウンド・インスタレーション」の制作があり、相対的に「舞踏のための音楽プロジェクト」が進んでいないではないか、かなり遅れていると思われた方もいると思いますが、実はこの間のこれらの制作も、アルバム『舞踏へ、バニー』を作る理由と深い関連があるのです。

「舞踏のための音楽プロジェクト」の大枠のテーマは、《舞台演劇、それも原始的な身体表現としてのミニマムなダンスに、いかに音楽は存在しうるか。その音楽表現からいかに身体表現は変化し拡張するのか》です。もっと端的に言えば、私自身が、〈演劇のための音楽を作りたい〉ということです。

私が小劇団の役者をやっていた10代後半から20代にかけて(90年代)、劇伴を作ろうとも音楽的素養が稚拙なのと、それを作るための機材に乏しかったため、存分に劇伴を作ることができませんでした。また、劇伴という考え方自体も、どこかで間違っているのではないかという思いもありました。

もっと根底的なことで言えば、私が住んでいる地方の地元では、演劇というジャンルそのものがマイナー、むしろ蔑まれたジャンルであったし、中学校の演劇部の頃にはひどい差別を受けた経験があります。故に地元では、“自由な空間を創造できる”まともな劇場がない、演劇や音楽、絵画などの芸術的素地を高める施策が乏しいといった有様で、あの汚らしかった下北沢のザ・スズナリですら羨ましいと思えるほどでした。

そうした20代に、私は演劇から去ります。
しかし不思議なことに、今頃になってあの頃の痛恨の思いが甦り、もぎ取られた役者身体からではない、残された自身の音楽性の中から、演劇の在り方を見つめ直し、それに伴う音楽の在り方を見つめ直したいと思いました。

アルバム『舞踏へ、バニー』への取り組みは、まず《仮想演劇》の①舞台、②役者、③物語(戯曲)を創造(想像)することから始まりました。しかもそれは台詞劇ではない、身体のみに頼ったミームとダンスによるもの。つまりそこに10平方メートルにも満たない舞台空間があり、身体があり、音楽(音響)があり、照明があるというだけの小さな世界。時間にして60分程度の、仮想公演…。

これは後々、詳しく説明する機会があると思いますが、個人的な考え方として演劇の訓練というのは、原初的なミームとダンスから始めるべきです。
まずリアルな己の身体をよく観察し(鏡で全裸の自分の身体をよく観察すること!)、動態としての己の身体の動きを突き止め、それがどう表現されるかを研究することが大事だと思うのです。入りたての学生演劇人がいきなり、そのカテゴリーが当たり前だと思い込んでいる《台詞劇》のために発声練習を率先しておこなうのは、間違いです。少なくとも1年間は発声表現を封印し、“無言の”ミームとダンスのみの舞台を踏むべきなのです(台詞に頼らず、身体のみの表現を基礎とするため)。

私が企てた《仮想演劇》とは、その原初の基本的な演劇をイメージしたもので、もっと最小の――表現体としてこれ以上切り刻めない最小の――身体表現は何かと考えたところ、それが舞踏(Butoh)だったのです。