2017/02/09

引っ越し作業が水の泡

誠に残念なご報告をしなければなりません。
前回(昨日)の「新PCへの引っ越し作業」で書いたとおり、新しいPCへの移行作業はほぼ完了し、その最後の最後、Apollo Firewireインターフェースの設定も済んだ状態でした。

ここで私はよせばいいものを、例えて言うなら、「99%の最良な状態」を「100%」に完璧に仕立て上げようと、安易にUEFI設定のセキュアブートをいじってしまい、再起動しようとしたら、BIOSが起動しなくなってしまいました。
メーカーでのサポートと電話にてやりとりした結果、いっぺん回収した方がいいということになり、結局PCをメンテナンスに出すことにしました。
ネット上の情報では、回復ドライブを作成し…云々といった策もあるにはあるのですが、これ以上安易に策を講じていくのはやめておこう(これ以上最悪な状態は避けたい)という判断により、専門的な技術者に診てもらうべく、PCの回収を依頼しました。

もし、数日後あるいは数週間後、無事の状態でPCが戻ってきた時には、なんとか制作作業に入れるかと思います。しかしそうでない場合は、もう一度これまでのインストール作業をやり直さなければならず、また数週間かかるということになります。

現段階ではここまでご報告いたします。
なかなか制作に入れず、まことに申し訳ありません。

2017/02/08

新PCへの引っ越し作業

先月、「舞踏のための音楽プロジェクト」が終了し、その直後より、新しいPCの導入に伴い、引っ越し作業すなわちハードウェア及びソフトウェアの全面的なセッティング&インストール作業を開始しました。ちなみにPCのスペックは、「DELL XPS 8910」のIntel Core i7-6700/4.0GHz/Windows 10 Homeです。

これがまたたいへんな作業で、年々使い込むソフトウェアが増加し、膨大な数のソフトウェア及びプラグインをインストールするという、ちょっと気が遠くなるような作業なのですが、旧PCはどうも電源ユニット又はマザーボードあたりが欠陥だったようで、「舞踏のための音楽プロジェクト」の制作では、毎回Windowsの起動に1時間ほど要していました(再起動やフリーズを繰り返していた!)。それももう致命的で駄目だろうということで、今回の新PC移行を企てた次第です。

現在、インストール作業の最後の最後、Apollo Firewireインターフェースの設定で手間取っています。これが済めば、なんとか制作段階に進めるはずなのですが…。また追ってご報告いたします。

2017/01/24

Can You Hear? Bunny―舞踏プロジェクト終了

「Can You Hear? Bunny」のオーディオ・クリップ
2015年4月に始動してから1年と9ヵ月、「舞踏のための音楽プロジェクト」が2017年1月についに完結し、全13曲を公開して終了いたしました。皆様のご愛顧ありがとうございます。

大まかに掻い摘まめば、20代の頃の演劇における“ミュージック・コンクレート”への憧れ、昨今の国際的な舞踏の潮流、私が個人的に興味を抱いた身体パフォーマンス――2015年1月にニューヨークのPerformance Space 122でおこなわれた『RUDE WORLD』、2000年代におこなわれてきたドイツのアーティスト、サシャ・ヴァルツによる一連の公演――などの想起によって、《舞踏》と《音楽》との関わり合いを強く意識し、今プロジェクトを始めた次第。最初は漠然としていた《舞踏》というカテゴリーに対して、徐々にその本質的な部分が浸透し、《音楽》の曲としてなんとか精通し得たのではないかと思います。しかしこれもまた、100の理解のうちの1に過ぎないのではないでしょうか。

そんなことで予想以上に制作が長期的になり、実験を始めると次の実験が浮かび上がってきてその繰り返し、という事態で、反省すべき点は多々あります。「Evolution and Civilization Water」における紺野秀行さんのケンケニの演奏は、2015年の11月にレコーディングされていながら、SoundBowというアプリによって曲の構成が固まるまで、およそ10ヵ月経過していたり、下駄を使ったリズムの演奏がまるまるボツになったり、コンピューター上のトラブルで主要なプラグインが使えなくなる事故が発生したり、そういうたぐいになるとキリがありません。

「Can You Hear? Bunny」ミキシング画面
2016年の秋以降、第12曲目の「Can You Hear? Bunny」のあたりになると、もはや自分のやった仕事(演奏)の記憶が朦朧としてあまり憶えていないということも。この曲はOP-1で基礎的なリズムを構成していますが、そのあとRoland JD-Xiシンセでどんな上モノをダビングしていったのか、ちょっと記憶が飛んでしまっています。
ちなみにこの曲のジャケットは、私の友人の、若き“演劇人”でもある金澤卓哉さんの日常的なフォトグラフを本人にちょっと頼み込んで採用しました。この曲のどこか飄々とした雰囲気が、ジャケットのイメージにも現れていると思います。こうしたフォトの採用は、自作自演を常にポリシーとしている私個人の制作ではとても希なケースなのです。

最終曲の「悲しみのバルテュス」については、もう説明する必要はないでしょう。それがそのままの私のメッセージです。
「舞踏のための音楽プロジェクト」はそもそも《仮想演劇》を最初に標榜して、ストーリーのある舞踏を構成しました。全13曲を通じて、ここに「愛」と「エロス」が感じられたとしたら幸いです。《舞踏》について考えることは、私の中でこれからもずっと続くでしょう。これが《音楽》にとって最も自由で創造的な世界であることを、今回の経験でよく分かりました。いつかまた別の機会で、チャレンジしたいと思います。

2017/01/02

「Julian」の荘厳な響き

「舞踏のための音楽プロジェクト」第8弾の「Julian」。ピアノとシンセ・パッドによる荘厳な響き合い。

「New Dream」の曲の最後で、歪んだノイズの中から小さく徐々に浮き上がってくるピアノのフレーズはこの「Julian」に引き継がれ、ある意味、これら2つの曲は組曲のようになっています。
しかし、そのピアノのサウンドはまるで違っていて、「Julian」のピアノはとてもクリアなサウンドになっています。ちなみに、「New Dream」の方のピアノは、MODARTT Pianoteq 5 PROの“D4 Jazz BA”。「Julian」のピアノはCubaseで打ち込みをおこない、同ソフトウェアの“Model B WIDE”を使用し、こちらはハーモニック・ペダルをオンにしています。

OXFORD REVERBの“Hall”プリセット
連なったピアノをイメージするため、ミキシングの段階で「Julian」のピアノには同じリバーブ、すなわちWaves H-Reverbの“Large Bright Hall”を使おうかと思いましたが、考えを変えました。たとえピアノが同じようなフレーズでも、それぞれ曲の方向性がまったく異なるのです。それを言葉で言い表すのはとても難しいのですが、「Julian」のピアノには独特の静謐さと力強さがあります。やはりそれは、同じリバーブで処理をしても意味のないことなのです。

「Julian」で使ったリバーブは結局、OXFORD REVERBの“Hall”でした。こちらのリバーブ・タイムは1.41秒です。ホールをシミュレートしたとても生々しい響きで、ただ豊かなだけではなく、耳できちんと、その仮想ホールの壁に当たった跳ね返りの反射音を感知できると思います。つまり、「Julian」という曲の方向性では、「室内の空間」の響きが重要だったのです。
 この曲のミキシングは、いい意味でデジタル臭さを失って、アナログのナローな位相や僅かな歪み感がピアノの骨格の心部を形成し、その響きが適度な湿り気を帯びています。ピアノが単にその音程の弦を叩いて鳴らしているだけではなく、もっと複雑な神秘的な、音の強弱や密度感であるとか反射音の鳴り方、そうした様々な要素でその音の世界が構築できるという点で、ピアノは楽器のクイーンであり、音の珠玉であると思います。

2017/01/01

「New Dream」のノイズの海原

「New Dream」のオーディオ・クリップ
「舞踏のための音楽プロジェクト」第7弾「New Dream」のレコーディングとミキシングについて解説したいと思います。

この曲のレコーディングは昨年の3月におこなわれましたが、音源はRoland JD-XiシンセとMODARTT Pianoteq 5 PROソフトウェアのみ。全6パートとなっています。
この曲は打ち込みではありません。おそらく何の予定調和もなく、決められたモチーフもなく、JD-Xiでいろいろ音を出しながら一つ一つのパートを録っていき、最終的にはああいった曲の形になったと思われ、それをやった私自身も、どんなふうになるのかまったく予測できない中で、音を積み重ねていったのだと思います。そうして結果的には、最後のピアノのフレーズが、そっくりそのまま、「Julian」に引き継がれるわけです。

Waves CLA-76 BLUEYコンプ&リミッター
この曲の個々のパートでは、JD-Xiから音を出す段階で、既にモジュレーション系やディストーションのエフェクトがかけられ、Pro Toolsでのミキシングでは、EQ&コンプ処理と、ピアノのパートにかけられたリバーブが主だったプラグイン処理で、大したことはしていません。
JD-Xiでのモジュレーション系(確かフランジング)とディストーションのかける比率というのは、その時の演奏のノリというか気分に左右されるもので、特に法則はありません。フランジングの周期などはテンポやリズムと相対的なものですが、ディストーションの割合はちょっとその時のアグレッシヴな気分の影響があったのか否か、いま考えるともう少しディストーションは抑えてもよかったかなとは思います。しかしこの歪みによるノイズの海原こそが、「New Dream」のコンセプトなりテーマになったとは言えます。

Waves H-Reverb
ミキシングの段階でこの歪みをさらに助長させているのは、Waves CLA-76のリビジョンBLUEYのコンプであり、ノイジーなパッドのパートには、かなりかけて持ち上げているので、そのノイズの海原が際立って聴こえます。最後に徐々に聴こえてくるピアノは本当はほとんどクリアであるにもかかわらず、歪んだように聴こえるのはそのためです。
このピアノのパートにかけたリバーブはWaves H-Reverbで、リバーブ・タイムが約4秒ほどある“Large Bright Hall”というプリセットを使っています。最後はかなり長い残響で少しずつ音が小さくなって終わります。

2016/12/19

「悲しみのバルテュス」―その飛翔のために

チューブマイクPeluso 22 47
「舞踏のための音楽プロジェクト」。先日、「悲しみのバルテュス」(Balthus de tristesse)のヴォーカルのリレコーディングをおこないました。

昨年末に制作したこの曲は、パリ同時テロの鎮魂歌として、まったく非力ながら一心不乱に歌に思いを込めた小曲なのですが、パリでは、今なおテロの脅威で警戒が続く中、宗教の壁を乗り越えようと、市民レベルでの協調的な対話や語り合い、お互いを理解するための、“共生”へのボランティア活動が広がっていると聞きます。憎悪ではなく連帯の輪が広がることを期待します。

今回、「悲しみのバルテュス」をもう一度歌い直そうと思ったのは、当時あまりにも個人的な思惟のみの解釈でレコーディングしたことを反省し、よりこの曲が普遍的なものとなるよう、そのヴォーカルの様相(フォルム)を整えたいと思ったからです。
この考え方に至る過程においては、1年に及ぶ間、自身のヴォーカルのブレスの改善であるとか発声の仕方の修正に取り組んだ経緯があり、またオーディオ・インターフェースを替えたことによるヴォーカル・レコーディングの改善といった部分も影響があります。いずれにしてもそれらを「悲しみのバルテュス」で体現しなければならないと思いました。

昨年のヴォーカル・レコーディングの時にこだわっていた、“パンチイン/アウトを一切しない”という個人的なルールは採用しませんでした。しかしだからといって、継ぎ接ぎだらけのヴォーカルで整えようとも思いません。あくまで自然な成り行きで、不慮のミスを取り除く意味でのパンチイン/アウトならオーケーという柔軟な姿勢で臨みました。結果的には、2~3テイクほどをOKテイクとし、僅か一回のみパンチイン/アウトを施しただけで済み、この曲に対する気概と集中力は、決して失っていないと実感しました。

UA 1176LN Legacy
マイクロフォンは前回と同じ、コンデンサー型チューブのPeluso 22 47で、こうしたふくよかなニュアンスが必要な歌には最適な選択です(ちなみにマイクプリは、AVALON DESIGN M5)。
前回と異なるのは、オーディオ・インターフェースがUNIVERSAL AUDIO apollo FireWireになり、Consoleソフトウェアを通じて、UADのプラグインのUA 1176LN Legacyでヴォーカルに基礎的なコンプレッションを施したことです。
このUA 1176LN Legacyを通したヴォーカルが、また実にアナログっぽくて質感がいい。このコンプがあれば、如何様にもヴォーカルの音色とレンジを変えられるなあという印象で、たいへん重宝します。こうしたプラグインをレイテンシーを気にせず使えるというのは、本当に素晴らしいことです。

2016/12/15

「Málaga」―サウンドの自己主張比率

レコーディングされた各パートのオーディオ・クリップ
「舞踏のための音楽プロジェクト」。オリジナル曲「Málaga」のレコーディングについて。

この曲は、スペインの民謡・舞踊マラゲーニャの和声進行を借用してアレンジした、1分20秒ほどの小品。詳しくは当ブログ「マラゲーニャの魔法」で書いたとおり、既に今年の3月にCubaseでプログラミングされていたものです。
本当は「Málaga」にはヴォーカルを入れるつもりだったのですが、断念しました。その3月にPC内の不調(一部のプラグインが読み込めない)のトラブルに遭遇し、制作が途切れてしまい、半年以上ほったらかしにしてしまったため、ヴォーカルにかかる作業期間の猶予がなくなってしまいました。申し訳ありません。しかしかえって、インストのままの状態の方が、美しく艶やかなのではないかと思っています。

ところで今プロジェクトでは、今年の9月頃にUNIVERSAL AUDIO apollo FireWireのオーディオ・インターフェースを導入したせいで、それ以前にレコーディングした曲と、それ以降にレコーディングした曲との間に、録りのコンプとEQにおける音質の差が生じています。9月以降のレコーディングにおいては、Neve 88RSのチャンネル・ストリップを録りの作業で使用しているため、そのほとんどのソースがやや密度の詰まった、ほんのわずか重心の低いサウンドになっています。曲によっては、以前のオーディオ・インターフェースで録ったパートと9月以降にオーバー・ダビングして録ったパートとが混在していたりして、あくまで録りの段階においては、そのような部分での音質の差があります。

Native Instruments PRISM
Cubaseでプログラミングされていた段階のデモと、今回レコーディングした後の簡易ミックダウンによる「Málaga」のデモ・ファイルを自分で聴き比べてみて、やはりそのあたりの音質の差があって面白いなと思いました。変な話、レコーディングするとはこういうことなのだなと実感したのです。
この「Málaga」にはアフリカの民族楽器のパートに対し、Native Instruments REAKTORのPRISMとRAZORによる“不穏なシンセの音”が加わっているのですが、Cubaseの段階ではそれらが単なる添え物だったのに対し、レコーディングを終えた段階でのそれらは、明らかに自己主張をしたサウンドになっていました。まさにこれこそ、アナログ・ミキサー(をシミュレートした)の最大の特徴ではないかと思います。敢えて造語するならば、そのサウンドの“自己主張比率”がNeve 88RSを通すと数パーセント上がるのです。とても興味深いことです。

Native Instruments RAZOR
こうして考えてみると、オーディオ・インターフェースを替えるということは単にサウンドのディテールが変わるだけではなく、それによって生じる“自己主張比率”の兼ね合いでミキシングにも影響を及ぼし、各パートの定位や音量のさじ加減においてだいぶ変わってくるということになります。だからこそ、一つのプロジェクトの進行中途でオーディオ・インターフェースを替えることは禁則なのだけれど、今回その暴挙をやってみて、いい意味での実験となり、曲のアレンジで変化が生じたことは意外な効果だったかも知れません。
そういうことで「Málaga」に対しては、曲を作った私自身ですら、レコーディング後のサウンドの雰囲気によって、違う新たな観念や価値観を持つようになりました。曲の完成が楽しみです。