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「知らん」―都会のカラスのように

前回に引き続き、プチ・ソング「知らん」のプログラミング作業。

今月初旬から始めたCubaseによる「知らん」のアレンジ作業=プログラミングは、つい昨日、日数としては5日ほどかけて終了しました。今回のアレンジとそのプログラミングについて、振り返ってみたいと思います。

もともと金澤くんの原曲は、アコギによる演奏の“録音デモ”だったのですが、私がそれを耳コピーして楽譜に書き出した時点で、アレンジした「知らん」においてもアコギを使うかどうかは白紙でした。しかし、Cubaseで最初、試しにアコギの音色でコードを弾いてみたところ、それがとてもいい雰囲気だったので、やはりアコギを使うことにしました。今回のアコギは、Ample Soundの「Ample Guitar M II」というソフトウェアを使っています。ギターのモデルはMartin D-41。


「知らん」のアレンジでいちばん難しかったのはテンポの調整で、ヴォーカルのパフォーマンスが望み通りおこなえる最適な数値を割り出すのに苦労しました。ヴォーカルのグルーヴとリズムとの兼ね合い。これが崩れてしまうと、後々のレコーディングにおいて、ヴォーカルのフェイクなどにも大きく影響を及ぼし、まったくスタイルの違った曲になってしまうのです。

このテンポの調整と、相対的な問題をはらんでいたのが、アコギでした。ちなみに私のCubaseでのプログラミングの仕方は、メトロノームの音を出しながら曲をREC状態で再生し、部分毎にリアルタイムで弾いていく、といった感じで、その後ピアノロール画面に記録されたノートを必要に応じて修整していきます。Cubaseで使うマスター・キーボードは、「YAMAHA MOXF6」(61鍵)です。
それはそうと、アコギの1拍目の付点4分のタイミングが、わずかに前のめりになっている場合とジャストの場合では、まったくノリが変わってきます。テンポの数値の変更をしていくと、同時にこのアコギの発音タイミングを微妙に修整しなければならなくなり、終始、このアコギの状態を監視するような形となりました。

ところでこの曲のリズムパートは、すべてNative Instrumentsの「Battery 4」を使用しています。最終的に原曲のキーから自身に合うキーに調性変更した際、リズムパートのうちの一つのスタブ・ノイズが、羽目を外した素っ頓狂な音に聴こ…
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「知らん」のアルチザン

私の知る友人や仲間たちの中には、素敵なアルチザン(artisan)と言える人達が多くいます。その中で最もひ弱で劣等なアルチザンが、私自身です。私は彼らにとって疎ましくお荷物な存在です。しかし、私は、彼らを心から尊敬しています。ただそれだけは表明しておこうと思います。
今年、自身の音楽活動でいくつかのプロジェクトを進行させていますが、「知らん」というタイトルの、プチ・ソングを作ることもその一つです。 「知らん」を作詞作曲した、友人の金澤卓哉君も、頼もしい若いアルチザンの一人です。これからどんどん変貌を遂げ、アルチザンあるいはアーティストとして芽を出すことでしょう。私は彼に頼んでこの曲を歌いたい――と申し出ました。今年の2月のことです。彼はそのことを受け入れ、今回のプロジェクトが決定しました。
当初、私はこの曲をどのようにアレンジするかまったく考えていませんでしたが、3月の時点で、楽譜にコード進行を書き込んでいくうちに、ほんの少し、この曲の放つ《小さな光》のようなものを感じました。それをどう表現したらいいか分からないけれども、物には必ず臭味というものがあるように、この曲の隠れた臭味を引き出すには、こんなコード進行がいいんじゃないか、というのを加えたわけです。するとどんどん、この「知らん」という曲の“深い部分”が湧き上がってくるように思えました。
コード進行のみならず、曲の印象や先ほど述べた《小さな光》のようなものを具体化するには、音の役割が重要です。この時、この曲に必要な音=音色を選び出すため、いくつかのソフトウェア・シンセとプラグイン・エフェクトをしっかりと揃えるため、しばし制作の休眠を余儀なくされました。 といってもそれは2ヵ月ばかりの休眠だったのですが、つい昨日、私にとって本当に久しぶりのCubase(Steinberg Cubase Pro 8.5)を開き、空のプロジェクト・ファイルを作成して、「知らん」に必要な音色のパート選びを始めました。
UVIのシンセ&サンプラー「Falcon」は、先月購入したばかりで今回初めて使用する音源となります。おそらくこの曲では重要な役割を果たしてくれるでしょう。使い勝手については申し分なく、UVIのその他のサンプリング音源も使用でき、かつ普通にサンプラーとしても利用できるので、これ以上のシンセはありません。
実は何故、「Fal…

復縁―僕のmicroKORG

この度、2017年5月末の発売を待ちに待って、シンセ&ヴォコーダーの「KORG microKORG PT」を購入することができました。37鍵のミニ鍵盤、幅50センチほどのコンパクトサイズ・シンセ、microKORG15周年記念のプラチナ・カラー、数量限定モデルです。
仕様及び使い勝手は、これまでの通常モデルとまったく同じ。ただ、このプラチナ・カラーの輝きは、なんとなくいじる際の“ときめき感”が違って、かつてこれをいじった経験とは少し意気込みが変わる気がします。無論、これは私の個人的な感想に過ぎませんが――。

以前、私が使っていた「microKORG」通常モデルは、確か2010年頃に購入したもので、KORGならではの奇行的な音色の面白さと、分かり易く使い易いノブ群のなんとも言えない肌触り、そしてヴォコーダーによる音色のエディットがたまらなく快感を覚え、すぐに使い慣れて好きになりました。けれども、この「microKORG」を使って曲を作ることが当時は難しく、まだPro Toolsによるレコーディングとミキシング(取得したプラグインも数少なく)に慣れていなかったせいもあって、活躍する機会はほとんどありませんでした。そのうちPro Toolsに慣れてくると、ソフトウェア・シンセの効率の良さが理由でそちらばかり使用されるようになり、ハードウェア機材はますます遠のいて、かれこれ数年前にその「microKORG」は友人に譲渡しました。

今でこそ私はOP-1やJD-Xi、同じKORGのminilogueなどの実機を使って当たり前のように曲を作りますが、やはりレコーディングにおけるケーブルの質の問題とか、プリアンプであるとか、ミキシングでの充分な役割を果たすプラグインの拡充といったPro Tools周りがしっかりしていなかったあの頃は、なかなか実機のシンセを使いこなすだけの度量が不足していたと感じます。「microKORG」は非常に魅力的であったけれど、時期尚早であったと――。

あの頃使っていたオーディオ・インターフェース、AVIDのMBOX 2でのレイテンシー問題に絡むレコーディングでの悪戦苦闘は、今では懐かしい思い出ですが、それだけを考えても、「microKORG」どころではなかったのです。2011年には第3世代のMBOX Proに置き換えて、レイテンシーやアンプ部のクオリテ…

「Gender」のハイレゾ感

オリジナル曲「Gender」のミキシングとマスタリングについて書いていきたいと思います。

前回の「『Gender』―僕は何者?」では、見た目がいかつい?マイクロフォンAston Originによって録られたヴォーカルについて説明しましたが、ミキシングではこれらのヴォーカルのソロとステレオ化されたバッキングに、それぞれフェイザーとコーラスのエフェクトをかけています。ソロの方では、さらにディレイもわずかに加えています。
非常にブライトに処理されたヴォーカルと、センターに位置したリズム・パート(音源はOP-1)のナローなサウンドとの対比は聴感上ヴォーカルを引き立たせる効果があり、なおかつどちらもぶつからずに聴けるバランスになっています。ちなみに、ヴォーカルに使用したEQは、OverloudのEQ495です。このプラグインのモデルとなっているビニール・トランスファー・コンソールというのは、おそらくノイマンのVMS-70なのではないかと思うのですが、どうでしょう。いずれにしても、高域をブーストした時のなんとも言えないソフトな訛り感は、他のEQでは真似できないかも知れません。

マスタリングにおけるトータル・サウンドに対するEQ処理(Steinberg WaveLab Pro 9使用)は、実に理路整然としたものでした。30Hzあたりから下を、シェルでそれなりに大胆なカーブを描くようにカットし、100Hzあたりを少しブースト。これらの処理によって、この曲のリズムの気持ちのいい低域が形成され、中低域では濁ってごたまって聴こえてしまう500Hzあたりをややカット。これでかなりすっきりしたサウンドになるのですが、このままだとまだ若干、ハイレゾ感が足りない。そこで、12kHzより上をシェルでわずかにブースト。明るさのある輝きが適度に加わりました。

もし仮にこの曲のコンセプトとして、「“いかつさ”を強調したサウンド」にしようと思ったら、最後の高域のブーストはいりません。しかし、この曲のコンセプトはそうではなく、モダンなサウンドをコンセプトとしたものなので、EQ処理もそれに準じています。サウンドのデザインというのは、イメージをとても誘発し、人工的なのかナチュラルなのかといった潜在的な感覚が刺戟されます。「Gender」はとても短い曲ですが、一つのミュージック・アートとしての側面を感じ取って…

ヴォーカルのテスト・レコーディング

昨日、ヴォーカルのテスト・レコーディングをおこないました。テスト・レコーディングとは、マイクロフォンのセッティングからコンプやEQの基本的な設定、それらの結果が実質的にどう出力されオーディオ・クリップとなるかの実験であり、今後ヴォーカル録りをおこなう際の“ひな型”とするための大事な作業です。 今週おこなわれたオリジナル曲「Gender」のヴォーカル録りでは、この基本設定となる“ひな型”がなかった(当ブログ「『Gender』―僕は何者?」参照)ので、その設定に手間取った挙げ句、混乱をきたす恐れがあったため、ノンエフェクト処理でオーディオ・クリップにしました。個人的な経験としてはとても希なことです。
テスト・レコーディングで使用したマイクロフォンは、audio-technica AT4047/SV。性能としてもサウンドとしても信頼のおけるコンデンサー型ですが、これをマイクプリAVALON DESIGN M5に通し、ロー・カット処理をしておき、UNIVERSAL AUDIO apollo FireWireに通してConsole 2ソフトウェアを立ち上げ、プラグインPrecision Channel Stripをインサートしました。まずここでは、このプラグインに通す前のレベル管理がとても重要になります。
ヴォーカリストによっては、かなりマイクロフォンと至近距離で声を発する人もいれば、私のように20~30cm離れて歌う人もいて、それによってプリアンプ側のレベル調整やConsole 2での入力レベルのさじ加減を調節しなければなりません。もちろんマイクロフォンの感度にもよります。完璧な適正設定というのは不可能ですが、ある程度、同じセッティング状況を作り出すことができれば、すぐに本番のレコーディングに挑むことができ、パフォーマンスでのパッションが削がれることはないでしょう。
入力レベルの管理がうまくいったならば、コンプ&EQ掛け録りの設定調整となります。UNIVERSAL AUDIOのPrecision Channel Stripは、5バンドEQと基本的なコンプの組み合わせであり、テキパキと調整することが可能です。私は今回、標準的なヴォーカル用コンプレッションの設定値を調整してデモンストレーションをおこなったところ、掛け録りとしてはたいへん落ち着いた癖のない結果が得られ…

「Gender」―僕は何者?

前回に引き続き、2分弱のオリジナル曲「Gender」のレコーディングについて。

先月末の時点で、小型シンセOP-1のリズムを基礎にしたパート、それからJD-Xiによるシンセ系のリードやパッドなどをダビングした5トラックに加え、JD-Xiのマイクロフォンとヴォコーダーを使ったヴォーカル・ワークのトラックを一つだけ録っていました。これは即興で思いついた文章を紙に書いておき、それを声に出して表現したものです。
そのまとまった仮ミックスのデモを何度か客観的に試聴し、まだそこに何か足りない…ヴォーカルをもっと加えようということになったので、新たに今回、ちょっとしたヒップホップ的なニュアンスの、ヴォーカル・ソロとコーラスのセットを5トラック録りました。

使用したマイクロフォンはAston Originで、昨年購入したまま、まだ本格的に使用していなかったため、今回は“実験”を兼ねて、このマイクロフォンを採用しました。とてもクリアでモダンなサウンドです。
ただし今回のヴォーカル録りでは、結果的にコンプとEQは“掛けていない状態”にしました。録りの最中ではApolloのConsole 2でコンプのプラグインをインサートし、様々な設定に切り替えながら音色を試してみたのですが、しっくりいかず、これはミキシングで調整しようということに決め、ノンエフェクトで録りました。

実は、Aston Originのサウンドが想像以上に良く、良すぎたためにギャップを感じて、ややこの曲の泥臭いイメージに合った音色にわざと仕立てようとしたのですが折り合わず、泣く泣くミキシング時の処理に委ねることにしました。しかし、本当にこのマイクロフォンのサウンドが素晴らしかったので、決して失敗だったというわけではないのです。

この曲に限らず、私はヴォーカリストとしてレコーディングをおこなう時、いつも“少年”の自分に戻ります。とても不思議なことです。ピュアな気持ちになり、ストレートな表現でヴォーカル・レコーディングにアダプトすることが多く、そうした取り組みが好きなのです。
Pro Toolsという使い慣れたDAW、そして繊細なニュアンスを残してくれるマイクロフォンといった組み合わせがあれば、表現そのものに集中できます。「Gender」では何がテーマなのか、いま自分は何を表現したいのか、最も直接的な“残しておきたいこと”を自…

egoから「Gender」へ

今年の1月に終わった制作「舞踏のための音楽プロジェクト」の個人的な置き土産として、ジャン・ジュネや“ジェンダー”に関連した、イマージュとしての音楽をやってみようと思ったのは、とても音楽に刺戟を与えるものだと思います。いま手掛けている2分弱の「Gender」という曲もそのうちの一つです。

男女の社会的文化的性差=“ジェンダー”に関しては、このところ個人的に想起するものが多々あります。尤もこれは、昨今たいへん頻りにシェアされているトピックでもあるからです。もし現代のアーティストやミュージシャンと呼ばれる多様な世代の人達が、この“ジェンダー”の問題に無関心であるならば、その人達はきっとまだ、本物のアーティストやミュージシャンではないと思います。言わずもがな、世界の通史の著名なアーティストやミュージシャンはほとんどと言っていいほど、この“ジェンダー”の問題に関わりながら、作品を生み出しています。

しかしながらこれは、殊更取り立てて重いテーマであるととらえる必要もありません。あくまで日常的な、どこにでも横たわっている問題の一つとして、少なくとも私はそれを掬い上げて音楽にしてみようと思っているだけなのです。

2分弱のオリジナル曲「Gender」は、Teenage Engineeringの小型シンセ「OP-1」で打ち込んだリズム(OP-1内の仮想テープ・レコーダーに録った)を基礎にした、どことなくヒップホップ的なノリの、やや不安げな雰囲気のある曲です。例によってRoland JD-Xiを使って各種パートのオーバー・ダビングをおこないました。

この曲を作るにあたっては、“ジェンダー”というテーマから想起されるもの、それを音楽的なものにコンバートする手筈として、あらかじめこのようなメモを書いておきました。

《記憶から消えてゆく音 意志をもって残してゆく音 消されてゆく性 残された性》

これを頭に据え置きながら、OP-1のスイッチを入れ、リズムの演奏をおこなったのです。
――この制作の最中、私は屋外でとても象徴的なシーンに出合いました。ある雨の降る夕方、若い青年が雨除けのためか頭にタオルを頰被りして、婦人用の自転車(後方に大きな買い物カゴが取り付けてある)に乗って去っていきました。はたから見れば、女性が自転車に乗って走っているとしか思えない光景なのですが、若い青年はそんなことを気にも…