侘びの世界へ―Flower's Topology

QY-700の生き残り計画

美しすぎるQY-700の外観
当ブログの7月3日付掲載の「懐かしいバッキング・アイデア?」で、YAMAHA QY-700を引き合いにした上で、《あの時代のハードウェアのシーケンサーというのは、ピアノロールのような視覚的に便利なものがなかった》と書いたことについて、まず訂正してお詫びいたします。QY-700には“ピアノロール画面”が有り、それによるエディットが可能です。文中に注釈を付加いたしました。
これはQY-70を使っていた頃の記憶とごちゃ混ぜになっていたことが原因で、QY-700もピアノロール画面は無かっただろうと勝手に推測したためです。

先日、およそ3年ぶりにQY-700のシーケンサーをエディットしてみました(しかもあのミニ鍵盤=2オクターブ鍵盤キーを使って)。ピアノロール画面が出てきました。視覚的には当時としては非常に効果があったと思います。が、やはり今となっては打ちにくく、ベロシティその他のバーグラフを併行表示してエディットできないピアノロール画面なので、ビートの肝となるような節を付けたり、クレッシェンド、デクレッシェンドなどのエディットも後編集という形になってしまい、ちょっと不便です。もちろん、ある一部の音符をまとめて矩形指定してエディットするという、今では当たり前のエディットもできません。

これがQY-700のピアノロール画面
QY-700は、AWM2音源の音色数はノーマルボイス480、ドラムセット11。トラックは32+パターントラック16。スタンダードな楽器はほぼ網羅しており、これに一部のシンセ系リード&パッド、サウンドエフェクト的な音色が加わっており、デモをつくる上では申し分ないスペックです。

とは言え、今、かつてのような“デモ”(あるいはデモテープ)という概念が音楽制作の中ではっきりとしたものではなくなり、最初から本制作を進めた方が作業効率が良いので、“デモ”というのは本制作のうちの、ある一定の段階を指すにとどめられていると私は思います。

では、QY-700で“デモ”を作っても意味はないのか?
うーん、はっきり言ってそうかもしれない。
であるならば、いかにしてQY-700で本制作するべきか――。

それは結局のところ、個人的にQY-700とこれからどう付き合っていくか、という問題になります。

結論としては、こう。
QY-700を音源的にもシーケンス的にもそれ独自の、無二の、「特異な音楽制作装置」として割り切らなければ、と思っています。
生っぽいフィーリングのリズムは苦手。派手なシンセサイザーのフィーリングも無理。現代的なDAWのエディット機能にはとても勝てないし、独創的なグルーヴは構築できない――(と言い切ってしまう)。
つまり逆に、日本的な四畳半的な敷居の中の、ある種閉塞的な音楽ならば、QY-700の個性が光る気がする。
3パートか4パート程度の音色で、不気味に反復するようなスケールの小さい曲…。

こうしてQY-700の可能性を逆に縮めることで、それがかえってQY-700の個性を引き出せるのではないか、ということを2014年の今、考えています。

コメント