侘びの世界へ―Flower's Topology

「悲しみのバルテュス」のリアリズム

Pro Toolsミキサー画面
「悲しみのバルテュス」(Balthus de tristesse)のミキシングについて。

私が常々おこなっているミキシングのやり方は、きわめてシンプルな――あまり常軌を逸したやり方を好まない――やり方だと思うのですが、原則としてこれはレコーディング・フォーマットが32bit浮動小数点/96kHzだからであり、例えば24bit/48kHzでレコーディングをおこなったとするならば、同じシンプルでもまったく違ったやり方をすると思います。それくらい、レコーディング・フォーマットの選択は重要であり、経験則を蓄積する上でもそれを闇雲にころころ変えるのはお薦めできません。

「悲しみのバルテュス」そのものが、シンプルなミキシングを求めているという言い方もできます。いや、ミキシングに限らず、レコーディングにおいてもナチュラルなものを求めているとさえ思います。ここではヴォーカルに限定して話を進めます。

ヴォーカルに挿入したディエッサー
ヴォーカルにおける“パンチイン/アウト”というテクニックが、その最適なテイクとテイクをつなぐヴォーカルの基本的かつ有効なレコーディング手法でありながら、「悲しみのバルテュス」という何物かを飛び越えてしまった存在が、それを頑なに拒むというリアルな現場を、私は今回体験しました。尤も私は、こういう曲に出会ったならば、テイクは重ねるけれども、“中途で歌をパンチイン/アウトしない”ルールを採用する、そういう覚悟をもって挑みます。

このパンチイン/アウトを一切していない何回目かのテイクがOKテイクとなり、このトラックにまずプラグインのディエッサーを挿します。ディエッサーで歯擦音を軽減し、コンプ+EQをかまします(CLA-76+SLATE DIGITAL FG-N)。コンプではアタック・タイムに注意して、あまりアタックがもぐらない程度に微妙なさじ加減をし、ピアノの鳴りとのバランスを考慮します。FG-NのEQでは、無駄な低域を削ぎ落とし、高域を強調させ、ほんの少し明瞭度を上げるため7.2kHzをわずかにブーストして、生々しいヴォーカルを演出しました。

OXFORD REVERB
ヴォーカルにかかっているリバーブは、Sonnox OXFORD REVERBの「EMT 140 2.4sec」。音程が高いところに来た時だけ広がるように、かなりリバーブへのセンドを控えめに抑えています。

いずれにしても、「悲しみのバルテュス」はその楽曲の特性から、通常ヴォーカルに施されるような、エフェクトに加担したやり方が合いません。合わないというのは似合わない、否定する、拒む、といった意味で、最小限のエフェクトにとどめる他はありません。ヴォーカリストが楽曲に鍛えられる、教えられるというのはまさにこのことであり、この曲を歌うには、上っ面な歌唱力だけではどうにもならないのです。

こうした特性の曲に向き合う時、いつも思うことは、〈レコーディングやミキシングのテクニックなどくそ食らえだ〉ということ。それはもちろん、ヴォーカリストとしての気概のうちなのですが、人格の二面性としては、録られたパフォーマンスを客観的に判断して、サウンドを整えるという頭も必要であり、「悲しみのバルテュス」はこの2つのせめぎ合い、対決姿勢だとも受け取ることができるのです。

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